田の神さんのお話

角田産直童話村

角田の田んぼには、田の神様が住んでいるのです。であった人の話では、背丈は親指ほどで、白いひげを生やした、おじいさんの姿に見えるそうです。しかも、白い着物に白いはかま、襟元には朱色のりぼんと、なかなか品の良いいでたちなのだそうです。
 神様といっても、お米を豊作にしたり、お天道様や川の神様を、自在に操る力もありません。田んぼに住んでいるだけの、神様なのです。それじゃ、何で神様なのかと、不思議に思う人もいるでしょう。実は、田の神様も、そのわけはトンとしらないのです。ただ、毎年、年の初めの正月に、角田のお百姓が、田んぼに松飾と鍬をもって田んぼにやってきます。そして、「田の神さん、今年もよろしくお頼みします」と、拝むのです。すると、田の神様も、(やっぱりわしは神様なんじゃナ)と思うのです。
 これは、そんな、角田の「田の神様」のお話です。

第5話 田の神様、水神様に会う

 

 田んぼの上には、温かい風がふいてきました。
「お天道様も、顔をだすのが、日増しに早くなられたのう」
 田の神様は、冬布団の中で大きな伸びをしました。
「そろそろ、この布団ともお別れかの」
 神様は、ちょっぴり物惜しそうに、冬布団を眺めました。腰をおろしただけで、ふんわり沈み込む、ガマの穂のたっぷり詰まった布団。しかも、これは、美穂ちゃんという人間の女の子とお友達になった、思い出のガマの穂です。神様は、冬布団がお気に入りでした。たとえ、外がどんなに寒かろうと、冬布団は神様を暖かくつつみ、春の夢を見せてくれたからです。
 神様は、布団を担ぐと、ガマ田へと歩きました。ガマ田には、ガマの穂が抜け落ちた、ぼうっくいのような枯れた茎が、何本も立っていました。
神様は、布団の糸をほぐし始めました。柔らかな風が当たるたびに、ガマの綿毛がガマ田中に広がっていきました。
「りっぱなガマになったら、また取りに来るでなァ!」
神様は、次に、ナガアシ黄金蜘蛛が織ってくれた布団生地を、くるくるまるめ、ガマ田の中に沈めました。
「こうすれば、ガマの穂がビロードのようにつややかになるだろうよ」
 そこへ、ドサドサリと音がしました。ツチガエルでした。冬眠から覚めて、田の神様にお知らせにきたのです。
「田の神さん、春ですよ。あたしの体中から春が来たと言う声が聞こえるんですよ」
 まだ、目が覚めきらないのでしょう。ツチガエルときたら、まぶたは半分垂れ下がっているし、ゴモゴモと口の中で、言葉が絡まっているのでした。
「おうおう、春は確かに来たんじゃな。ならば、水神様に会いにいかねばなるまいよ」
 ツチガエルが、ピックと飛び上がりました。眠気もいっぺんに吹き飛んだようです。
「田の神さん、どうかどうか・・」
 ツチガエルは、今度は半分べそをかきながら、神様にすがりついてきました。神様は、笑い出したいのをこらえながら、言葉を続けました。
「ほう、今年も水神様のところまで、わしを乗せていってくれるかの?」
 ツチガエルは、ぶるぶる震え出しました。顔から体から、ねっとりした汗が噴き出してきました。神様は、ツチガエルがあんまり気の毒になりました。
「すまん、すまん、今年は、お前には頼まんよ」
ツチガエルの震えはぴたりと止まり、ホッとしたようにため息をつきました。神様は、続けました。
「そのかわり…!」
「そのかわり?!」
「水神様のお使いが、こちらまでの送りも迎えもすべてしてくださるのじゃ」
「ひえっつ、それじゃ、お使いがここへ、ここへいらっしゃると?」
 ツチガエルは、またぶるぶると震え始めました。神様も、哀れに思って優しく、声をかけてやりました。
「お使いが、ここへいらっしゃる間、おまえは、奥の部屋にいたらよい。なあに、水神様のお使いじゃ、何の心配もいらん」
 神様は、去年ツチガエルを水神様のところまで連れて行って、ずいぶんかわいそうな目にあわせたことを、思い出しました。神様にとっては、立派なお使いでも、ツチガエルには、どうにもがまんがならないのでしょう。
 しばらくして、田の神様が、水神様に会う日がやってきました。
 ツチガエルときたら、朝から奥の部屋にこもりっぱなしです。神様は、そっとしておくことにしました。そこへ、
「田の神さーん!お迎えに上がりましたー!」
 外から、小さいのに、腹にすっと通る声が聞こえてきました。
 神様が外に出てみると、水神様のお使いが来ていました。春の光を受けて、金属のような鱗が、青や緑、そして金色に輝いています
ザザザザッツ!
体が動くたびに、規則正しく鱗が波打っていくのです。神様は、思わず、その美しさに見とれました。人の大人の背丈ほどもある、それは立派なアオダイショウだったのです。去年は、水神様の社の前で、アオが(水神様は、この蛇をアオと呼んでいました)門番をしていたのです。じっとり汗をかいて身動きもできないツチガエルを、アオは、赤い舌でチョロチョロなでてはからかってくれたのでした。
「アオよ、ご苦労じゃな。よろしく頼むぞ!」
「おや?田の神さんお一人で?ツチガエルはどうしたんです?シュルシュル」
 アオは、さも残念そうに言いました。
「一年に一度だもの、また、私のベロでなでてあげようと思っていましたのに。シュル」
 アオがそう言ったとたん、奥の部屋でガタガタンと大きな物音がしました。
「やれやれ」
 神様は、苦笑いしながら言いました。
「ツチガエルがひっくり返ってしまったぞ。アオよ、そういじくらんで置いてやれ。さあ、水神さんに会いに行こう!」
 それでもアオは、チロチロと、奥の部屋のほうを見やりながら田の神様を背に乗せました。
「では、参ります!」
 アオは、とぷんと水路に入り込みました。そして、神様の驚くような速さと、美しいスタイルで、上流目指して泳ぎ始めました。蛇の泳ぐこと流れる如しです。さすが、水神様の使いだと、神様も感心しました。
 水神様の社は、四方を見渡せる四方山の水源地にありました。田の神様は、四方山の頂上に上ると、水神様の姿を探しました。
 何本もの川が見えます。田んぼの水路も縦横に走っています。その中で、三番目に広い笠島川で、水神様はのんびり泳いでいました枕手をして、川の中の魚達とおしゃべりをしているようです。
「おーい、水神さーん!会いに来たぞー!」
 田の神様の声に、水神様は、ムクリと起き上がるが早いか、アオの比べ物にならない速さで水源目指して駆け上がってきました。
「ようよう、田の神さん。こうして、一年に一度会えるのが何よりじゃ!」
 水神様は、一見、他の神様に似た風貌ですが、体全体がそれこそ水滴でできたように透けています。白い服の変わりに、鱗でできた服をまとっています。その鱗が、蛇のようであり、魚のようであり、虹色に輝いたかと思えば、金や銀へと、次から次へと色を変えて光り輝くのです。田の神様と水神様は、社にどっかと腰をおろしました。
 先ず、田の神様から口を切ることになっています。
「今年は、水の具合はいかがなもんでしょうな?」
「そりゃあ、まずまずですな」
「まずまずですか?」
「はい、まずまずですわ!」
 毎年、この[まずまず]を聞くために、田の神様は水神様に会いに行くのです。水神様の言うには、
「日照り続きでも必ず大雨が来るし、大雨続きでも必ずカンカン照りがやってくる。一年あわせりゃ、帳尻が会うようになっとる。すなわち、まずまずということよ!」
 田の神様は、そういうこともあるなと、いつも感心して帰るのです。
 それから、二人は、夕方遅くまで四方山話に花を咲かせました。
「近頃は、のんびり体をのばせる川が少のうなったわい。田んぼの水路も、四角くくぐられて、水草も生えとらんから、当たると痛くてかなわんよ!」
「そうそう、今年は、水が良くなってきとる気がするよ。田んぼにも、ホタルの幼虫がたくさんでそうじゃ。水神さんも、ホタルの宵祭りには、ぜひ田んぼにも来ておくれ!」
「そりゃそりゃ、楽しみじゃ!」
 話は、まだまだつきません。田の神様が帰る頃には、ツチガエルも、気を取り戻していることでしょう。