二月になりました。一年中で一番寒い時期です。ある晩、神様は、夜の空を眺めました。
それは、神様の待っていた日でした。空は、黒く、かちかちにひきしまっていました。
「よし!まるで、御影石のようだわい」 その、冷たい御影石の夜空の中に、星がちらちらと瞬いています。あまりの寒さに、お星様も凍りそうです。
神様は、田んぼの中にそっと入っていきました。上手い具合に、小さな水たまりが、カチカチに凍りついています。 神様は、氷の上にかがむと、息を吹きかけました。
フーフー!
たちまち、氷の表面が、とろとろに輝きだしました。神様は、田んぼの中に、氷の鏡を作ったものです。
冬の花見は、1人では寂しすぎます。でも、こんな寒い夜中では、ツチガエルもカヤネズミも起きだしてはくれません。 神様は、遠くの沼に向かって声をかけました。
ほーいほい!ほーいほい!
鳥呼びの声が聞こえます。白鳥達は、つぎつぎと目を覚ましました。そして、呼び声のする田んぼへ向かって飛んでいきました。
田んぼでは、神様が待っていました。
クオークオー! クオークオー!
白鳥達の声が近づいてきます。一番年の行った白鳥が、神様に言いました。
「神様、おまねきありがとうございます。今日が、一年で一番寒い日なんですね。」
「そうとも、さあ、 みんなで、冬の花見をしような」
暗い夜の田んぼで、神様と白鳥は、氷の鏡をぐるりと囲みました。誰もかれも、素敵な出来事を待ちかねて、わくわくしています。
鏡のなかには、冬の星が瞬いていました。すると急にいくつかの星が、カタカタと震え出しました。
あまりの寒さに、星も凍り出したのです。
「ほれ!上を見てみよう」
神様が空を見上げたときです。大きな流れ星が、二つみっつ、流れ落ちてきました。
そして、氷の鏡の中に、すいっすいっと、飛び込んできたのです。
ジジジ!ジジジ!
氷の鏡の中で、流れ星は、線香花火のような音を立ててはじけています。赤、青、白の星の光の粒が、渦を巻いて鏡の中いっぱいに飛び回っています。
「ああ。きれいだねえ!」
「これが、星花なんだねえ!」
「なんだか、食べてしまいたいねえ!」
「ばかなこと言うのはおよしよ」
白鳥達も歓声を上げて眺めています。それから、いくつもの星が、凍り付いては鏡の中に飛び込んできました。
百も二百も流れたでしょうか。やがて、東のほうから空が白み始めると、星の光は、色を失って消えてしまいました。
一羽の若い白鳥が、田の神様に尋ねました。
「田の神様、いったい、星の光は、どこへ消えてしまったんです?」
すると神様は、トントンと田んぼの土をたたきました。
「田んぼの中じゃよ。星の光は、小さな粒になって、田んぼの中に広がったんじゃ。 やがて、稲に吸い上げられて、うまい米になるじゃろうよ」
若い白鳥は、パッ!と顔を輝かせました。
「それじゃあ、僕が田んぼで食べている落穂にも、星の光がはいっているんだね!」
田の神様は、深くうなずきました。それから、不意に聞き耳を立てました。 「ほれほれ、耳を澄ましてごらん。冬の花見は、まだまだ続いておるぞ」
田んぼのあちらこちらで、かすかな音がしています。
シキシキ!キュリキュリ!ピキパキ!
霜柱の立つ音です。今日は、一年で一番寒い日。だから、一番立派な霜柱ができました。
畦の枯草にも、びっしりと霜がのっています。しおれた草も、白い霜の綿毛をまとって、美しい氷の花をさかせています。 空には、朝日が顔を見せました。田んぼの中は、キラキラと、あかるい光でいっぱいです。
田の神様は、大満足でした。霜柱の上にぴょんと飛び乗ると大きな声で歌い出しました。
ほーいほい! ほーいほい!
白鳥達も、一緒に声をあげて歌い出しました。こうして、一年で一番寒い日の朝は、にぎやかな朝となりました。