田の神さんのお話

角田産直童話村

 ここは、角田産直童話村です。
きょうも、角田の畑や田んぼから、おはなしが採れました。

第3話

第3話は、田んぼのお話しです。

 「庄八さんの田んぼ海」

 ヒエを引きぬいては、ズボッツ!田んぼの中に埋め込んでは、ペチャリ!時々汗の落ちる音が、ポタン!広い田んぼの中で一人、お百姓の庄八さんが、田んぼの草とりをしていました。
「これも今年で、最後かあ:」
 庄八さんはもう七十才。今年限りで、田んぼの仕事をやめる覚悟でした。腰は痛むし、息も切れるし、田んぼ仕事がつらくなったのです。とはいえ、庄八さんの草とりは、さすがの腕前です。草がのびほうだいだった田んぼも、さっぱりと風通しがよくなりました。庄八さんは、額の汗をぬぐうと、満足げに田んぼをみわたしました。
 ササササ…ササササ…
緑の苗の上を、風がなでるように、吹いていきます。庄八さんは思わずため息をつきました。
「若い時は、風に乗って、田んぼの上を泳ぎたいなんて、夢みたもんだなあ」
(うふふふふ くすくすくす)
庄八さんは、どきりとしました。笑い声は田んぼの中から、聞こえたからです。
「ははは、あんまりおかしなことを言うから田んぼにまで笑われたかな。どりゃ、いっぷくにするかな」
 庄八さんは、近くの畦に、どっかと腰を下ろしました。手を洗おうとした時です。田んぼの中から、ガラス玉のようなものが流れてきました。手のひらほどの大きさです。きらきらとあまりにきれいなので、利八さんは、空にかざして見ました。
庄八さんは、あーっと叫びました。目の前の青い空が、玉の中でぐにゃりと、ゆがんで見えたのです。
「こりゃあ、おもしろい!」
 庄八さんが、顔をもっと近づけてのぞくと空が、海のように波打っています。驚いたことに、遠くの入道雲が、白い波しぶきになって、庄八さんのほうにうちよせてくるではありませんか。
ザザーンドップーン!
「ひゃー、波に飲まれちまう!」
 庄八さんは、あわてて、ガラス玉から顔を離しました。
「なんとも、不思議なガラス玉だわい」
 庄八さんは、今度は、ガラス玉で田んぼをのぞいてみました。玉の中では、田んぼの海が、おだやかに波打っていました。かすかに波音まで聞こえてきます。
 ザサササーザサササー
 この田んぼ海を、泳ぐことが出来たら、どんなに楽しいことでしょう。庄八さんは、もうどうにも、がまんが出来なくなりました。ついに、ガラス玉の中の田んぼ海めがけて、ザブンと、飛び込んでしまったのです。
 庄八さんは、田んぼ海の上に、浮かんでいました。風が吹くたびに、庄八さんも、田んぼの上をすいっと流れていきます。田んぼ海は、苗や泥や水の匂いがします。青くさくて甘ったるい匂いです。目をつぶってうっとりと浮かんでいると、長い間にたまった腰の痛みも、スーッと消えていくようでした。
ふと、ささやき声が聞こえてきました。
(庄八さん、どうだい、気持ちいいかい?おら達は、田んぼの苗だよ)
(この玉はね、庄八さんが田んぼに落とした五十年分の汗の玉を集めて、作ったんだよ)
(おら達、庄八さんの『田んぼで泳いでみたい』と言うのを、ずっと聞いていたんだよ)
(やっと願いをかなえて、庄八さんに最後の恩返しができるってもんだ)
 庄八さんは、あわてて体を起こしました。
「そうだ、わしは玉の中にいるんじゃ!」
 苗たちは、優しくそよいで、言いました。
(庄八さん、もうじき玉がはじけるよ。その前に、ちょっと上を見てごらん)
 庄八さんは、田んぼ海から空を見上げました。すると、たくさんの人たちの顔が現れては消えていきます。小さな子どもたち、お父さんやお母さん、おじいさんやおばあさん、茶髪の若者もいます。みな、おいしいものを食べた後の、満足そうな笑顔です。
「おーい、この人たちはいったいだれじゃ」(ここの田んぼの、お米を食べた人達だよ)
 千人もいたでしょうか。庄八さんは、自分のお米を食べた人が、こんなにたくさんいるのを知って、胸がジンと熱くなりました。
 突然、田んぼ海がぶるぶるっとゆれたかと思うと、ぱちん!と大きな音がしました。玉がはじけたのです。
 気がつくと、庄八さんは、畦に腰をおろしていました。庄八さんの目の前で、はじけたしずくが、キラキラと虹色に光りながら、田んぼに戻っていきます。
庄八さんは、元気に立ち上がりました。
「ありがとうよ!わしは、まだまだがんばるぞ!いい田んぼでいい米、たくさん作るぞ」
 田んぼの苗も、サラサラと風にゆれながらうれしそうに、うなずくのでした。